2010年4月30日金曜日
世界の終わりと始まりの日の物語。
ベルを鳴らす右手が動かない。左手の荷物が急に重く感じられ、どんなてこでも動かないような気がした。
その日は世界の終わりと始まりが同時に来た日だった。
そこが世界の淵だったのかもしれない。
僕は淵の上を、平均台を渡るようにして歩いていた。
それでも自然に時は過ぎた。そして夜になった。
でも、世界の終わりは来なかった。僕はそれが来ることを十分覚悟していたし、むしろ少しそれを望んでいたのかもしれない。それでも世界は終わらなかった。世界の終わりは一人の少女によって回避され、代わりに始まりがやってきた。
そこには悲しみも喜びもなくて、あるのはただ安堵だけだった。
次の朝、終わるはずだった世界はまだ続いていた。僕は窓から身を乗り出して、世界の香りをかいだ。その空は、始まりの朝にふさわしく、低く雲が垂れ込めていた。青空は世界の終わりにこそふさわしい。
世界の終わりと始まりの日の物語。
2010年4月28日水曜日
ロンシャン旅行
夜中の3時までホテルでネットしてからその次の日。
朝から、一路東へ。
Rongchampという小さな町の丘の上にその町の全てを見下ろすように20世紀最高の建築家の教会が建つ。森を抜け、丘の上へ続く階段を登ると巨大な白い塊が見えてくる。屋根のでかさだろうか、思っていたより大きい。白いけど、近くによるとデロデロしたテクスチャに気付く(このテクスチャは内部でさらに良く効果を発揮していた)。表面に小さな影を浮かべ、大きいけど重たくない。屋根の下の横長のスリットがあるからだろう。これはスカルパのブリオン墓地でもとられていた技法に近い。スリットがあるとないとでは受ける感覚は大きく違う。内部は思ったより小さい。外とはイメージが違う。曲面の壁をなでるように進むと自然にサイドチャペルに入り込む。そこには外と同じテクスチャの壁がある。壁には下から電球のオレンジ色の光が、上からは日光の間接光が落ちてくる。それがあのデロデロしたテクスチャの上で交じり合って、オレンジと青白い光のグラデーションを作る。とてもきれい。
壁の厚さも良い。ここにも(フォントネーにもついていた)テーパーがつけられていて、窓に住める。。。
そしてなんといっても、ドアが良かった。大きな回転扉はゆっくりと音も無く閉まる。そのとき徐々に外の音、風のそよぎ、鳥のさえずり、草花のすれあう音。徐々にそれらが絞られていって、最後にぱったりと聞こえなくなる。外から聞くとその逆。すこしづつ堂内の音は聞こえなくなって、鳥たちの声がだんだんと大きくなる。内部と外部のグラデーション。0と1じゃなく、0と1の間にある無限。引き戸ではなくドアにも0と1の間があることを実感。
教会の門(扉)は良い。何でだろう。その大きさかな。大きな扉は開き方が劇的だし、閉まると二度と開きそうにない。開けると本当に魂みたいなものが出て行ってしまいそうな気がする。だから、その扉はほとんどあけられることはない。
あと、扉には開くためのスペースが必要で、その何にもものを放置できない軌跡がそのドアの場所となって、室内空間を拡張させるような気がしている。ヨーロッパのドアや窓は内開きだし、(教会は外開きだ。)内側に開いた窓やドアに囲まれた場所は出窓や縁側のようになる。そのことを事務所の窓を見ながら一日考えていた。
話がそれたが、旅行の続き。午前中ロンシャンの教会を堪能し、丘の上でご飯を食べ、今日も楽園を感じつつ、午後はスイスのローザンヌまで。またもや途中から運転し、着いたのは5時を過ぎていた。まあ、今は9時までも明るいからまだ観光できるけど。そこにあるのは今年のプリツカー賞(建築家のノーベル賞?)SANAAのラーニングセンターだ。 これがまたすごく良かった。公園みたいな建築。丘みたいな建築とはこのことだ。
床が斜面になっているだけで、こんなにも人がくつろぐ場所が出来るのか。みんな自分で居心地のいい場所を見つけ、そこにクッションを持っていって、ねっころがって本を読む。天井や柱が白くて、その粉が空気中にも満たされていて、空気全体が白っぽく、霧がかかったような、幻想のような空気が漂う一室空間。光に満たされた内部は空気の流れこそないが、完全に公園。人の動き方が普通の建築じゃない。これはほんとにすごいと思った。 そして、帰る前に目の前のレマン湖によって。ゆっくり夕日を眺めて、水切をして。湖畔には家族連れや恋人や、BBQパーティー、ランニングする人。この町のみんながこの湖畔でくつろぐんだろう。きれいな夕日だった。
この週末のなんて充実したことか。とにかく「丘」を満喫した週末だった。それが自然な丘だろうと人工だろうと、丘は人の警戒を解く。人の本当の姿に戻ってしまうような気がする。春と丘の組み合わせはルール違反だ。
2010年4月20日火曜日
パリの空気の組成についての考察
事務所のあるサンルイ島にはいつもアイスクリーム屋に人が行列を作り、
橋の上では気のいいおじさんバンドがジャス風にアレンジしたアメリカの音楽を響かせる。
川岸は人であふれ、みんな日向ぼっこをする。
なかには服を脱いで日焼けにいそしむ人もいる。
ゆっくりと流れる時間。
この原因は全部、この空気のせいだ。この空気は普通の空気と組成が違うらしい。
パリにはポプラのような枝振りの名前の知らない木が街路樹としてたくさん植えられている。
この木は、この季節になると白いふわふわした綿毛のような胞子を、風に乗せて大量に放出する。
その胞子には小さな、本当に小さな毛が大量に生えていて、毛と毛の間に空気を溜め込むことが出来るようになっている。そうすると、この大量の胞子は空気中で、周辺の空気と結合し、均等に空気中に拡散して、空気に溶け込んで、そこにあるのかすらも分からなくなってしまう。ちょうど理科の実験でビーカーにフェノールフタレイン液を点滴しているみたいに、すっと消えて薄く広がるんだ。
そうするとどういうことが起こるかというと、空気の見かけの質量が少し大きくなる。つまり空気が重くなるということ。例えば空気が軽いと、ヘリウムガスのように空気の振動数が高くなって声が高くなるよね。つまり、空気が軽くなると抵抗が小さくなって、物体は早く動くことが出来る。逆に空気が重くなると、人の動きも少しだけ遅くなる。そして時間の流れ方も遅くなる。 時計の針が一秒を刻むのにも億劫になるんだ。
だから、パリは夕日が沈むのも遅くなってしまったし、ひとの動きも緩やかになってしまったんだ。
この幸せな時間は夏に向かってどんどん加速していくのだろうか。いや、減速していくのだろうか。
2010年4月18日日曜日
ブルゴーニュ旅行
シトー会の修道院で、装飾がほとんど無く、清貧を貫いた修道士たちの住処。
ドアも、床も無く、ただ土の上に落ちる午後の光だけがある。色んなものがないけど、光と影だけがある教会。窓の周りのテーパーが光を縁取っていて、きれいだった。
後悔と反省の日々です。
自分で思い込んでしまうと周りが見えていない。客観的に自分を見れていない。
今まであった人には自分を相対的に見て、今自分が何をするべきか感じ取り、瞬時に行動することできる人がいる。
俺はここぞというときに気の利いたことも出来ないし、後でこうすればよかったなあと、この歳になってもいつも後悔する。この性格を直したい。
でも、今の俺にはすぐに変われそうにもない。だから、後悔を重ねていくしかない。その代わりに次にそういう場面に合ったときに行動できるように備えておくしかないのかもしれない。そうやって、少しづつ対応できる幅を増やしていくしか。
そもそも人はそうやって成長してきているはずなのだが、ちゃんと反省してこなかったせいでこんな大人になってしまったのか。。。。あ、また、後悔してる。。。んんん。。
最近の反省
思ったことはその場で口に出すこと。後で言っても遅いことがほとんど。言って後悔すればいい。
最近はスタージュにも慣れてきた。
他の二人は週末は休みだし、フランスらしい働き方を体感しているみたいだけど、俺はそういうのとは程遠い。でも、最近感じたのはパリ市内で現場を持っている事務所はそう多くないし、その竣工にこの1ヶ月で立ち会えるというのは本当にラッキーだ(本当に終わるんだろうか)。問題噴出で所長がいつも切りきり舞だが、それを見れるのも小さな事務所の醍醐味。
あと、今はDijonに旅行に来ていて、ホテルでパソコンしてる。
この旅行ではメインドライバーが二日酔いでダウンしているので、久しぶりに俺が運転。でも、フランスで運転は気持ちが良い。どこまでも続くなだらかな丘、道のところどころに一本だけ木が生えていたり、小さなお墓が建っていたり、8時ごろの夕暮れの時間になると、ミレーの晩鐘のような風景。地平線が見える。
2010年4月11日日曜日
ナント・ロワール
祝日はさすがに勤務を強制できないので、「自己判断」で旅行に行ってきました。
今回はパリの南西、ナントとロワール地方。
ナントは西のパリと呼ばれるフランス西部の中心都市。
中心都市とは言っても、そんなに大きい町ではなく、都心も歩いて15分ぐらいでぐるっと回れるような小さな街。放射状の幹線と中心を迂回する環状線がきれいに整備された街。路面電車をフランスで最初に復活させた街としても知られ、歩いて、時々路面電車に飛び乗りながら、川から続くなだらかな斜面の町だった。
斜面を生かした代表例が、パッサージュポムレ。斜面にあわせて3層になったアーケードで、立体的に広がるアーケードは新鮮で、おもしろい。ラピュタに出てくる水中都市を思い出した。
ナントの中心は、パリと同じようにロワール川とその中洲だ。ここにはかつて工場や貨物倉庫、港が並び、アフリカとの貿易で栄えていた港町でもある。
しかし、今ではその跡地が巨大な再開発プロジェクトの敷地として、現代建築のパビリオンとなっている。
現代建築と都市の関係はもう少し良くならないのだろうか。
最近の建築が群となって集まったときにいい風景が出来ているところを見たことがない。自分勝手な「実験」をそれぞれの建築家がしていて、それぞれの回答を出す。全てがばらばらの答えで、自分のこと、自分の敷地の中しか考えていない。あったとしても、自分の敷地と都市全体のこと。もう少し小さなスケールで、自分と隣の敷地、自分と3軒となりの敷地ぐらいで考えることは出来ないのだろうか。
でも、再開発や郊外開発のようなごそっと都市を作りかえる計画では、隣を予想することも、そこにに期待することも難しい。そこで、都市と建築を結びつけるのがランドスケープなのではないかとも千葉大の子と話したが、ランドスケープが整った都市といっても、現段階では公園や歩道が整備された街というイメージしかない。可能性はありそうだけど、これといった具体的な解決策がないのが現状だ。
こういう都市を見たときは自然を見てほっとする。市内の中心部には植物園があって、土曜の午後にみんな思い思いに木漏れ日の差す散歩道沿いのベンチの上、小さな白い花の咲く芝生の上で過ごす。
ナントのユニテも見た。郊外の何もない野原の真ん中にこれが建ったときは異様な風景だっただろう。郊外で高層化する意味。
次の日はロワールの古城をめぐって。古城では橋上建築のシュノンソー城が良かった。川の上に架かる美しい城。白い壁と青みがかった屋根。
帰りは道に迷いながら帰った。
日本人には地平線の感覚はない。だから夜、地平線を見ると水平線に見える。大きな海画を子にあるほうがすごく自然だ。この感覚に気づいたのは面白かった。陸の上で地図も無く、どこかも分からず、本当に遭難だったけどね。。
2010年4月1日木曜日
ヴェルニサージュ
日本人建築家の事務所に休日はない。
ということで、所長のH氏の出版記念パーティーを手伝いました。
先週一週間丸々かけて、展示方法(出版にあわせて、これまでのプロジェクトの展示も行ったので)の検討、展示のパネルの選定、製作。金曜の夜は徹夜で事務所に缶詰。所員は秘書だけなので、ほぼ一人で、事務所で黙々とやるしかない。
そして、そのまま土曜の朝から会場設営。ギリギリまで設営して、そのままパーティーのバーテンダーになり、、、、当然のように会は朝まであって、結局2徹。
所長も秘書もほぼ2徹だったし。建築家のなんとハードなことか。。。 せっかくの日曜も15時まで寝てしまって、完全にスタージュ一色の生活です。 週6で朝9時からから晩まで。んーー他にもやりたいことがいっぱいあるのに。。 計画的に、有効に平日の夜と週末を使うしかなさそうです。
写真は忙しすぎて撮り忘れたけど(4/10追記 写真、HPにアップされました。http://www.kotaroo.com/news/2010/04/vernissage-exposition-et-parut-1.html)、
展示は、6×4mのヴォールト天井の地下のギャラリーで、真っ白な空間にピアノ線を張って展示パネルを吊るすというもの。今進行中のプロジェクトで製作した立方体の照明を中心に吊るして、同じように正方形のパネルを部屋中に吊るす。地下の洞窟のようにしたかったので、照明は中心の特注照明だけにして、暗い部屋いっぱいに吊るされたパネルの間を縫うように、人は部屋の中を歩き回る。人が通るだけでパネルがなびき、くるくると回転して、照明の明かりがちらちら見えたり、見えなかったり。ほとんどお金をかけずに、それなりに楽しい展示が出来たと所長も満足していた。
まあ、疲れたけど、最初の仕事で、まずひとつ終えることが出来て、俺も満足かな。
そしてさっそく
と、あわただしい一週間を過ごして、始まった2週目。
今週からヨーロッパはサマータイムになった。パリは夜の8時まで明るい。残業して帰っても、夕方みたいだ。
先週末の、こんな週末の過ごし方はだめだと反省し、せめて土曜日は休みをもらおうといざ交渉してみた。
ところが、休みはあげられないという。スタージュは最初の半年は休み無しというルールだと。自分もペロー時代には1年取らなかったし、所員になっても月に二日が限度だそう。
そんなことは面接時に聞いていないし、三週間前に申請すれば休みも取れると聞いたからルールを守って申請しているのに、到底受け入れられない。ペロー事務所のやり方だ?それならそうと始めに言えばいい。そもそも無給ということだって、事前に知らされていなかったし、本人だってルールを守っていない。申請して取れたらラッキーくらいに思っていたのに、断られて、過ぎたことの説教まで始められて、さすがに頭にきた。こういうときに瞬時に論理的に反論できる頭がほしい。精一杯抗議したけど、結局2ヶ月で2日分の休みしかもらえなかった。
ここに来て1週間で、もうやめたくなってしまった。建築の話をしているときはいいけど、それ以外の部分でストレスが多すぎる。秘書は常に俺にキレてるし。。。はあ。いづらい。就職するときはこういう事務所は嫌だし、自分で開くときはこういうふうにはしたくないと思う。でも、自分も卒計のときに後輩にそういう思いをさせてしまったのかなあ。そう思うと本当に申し訳ない。自分の小ささが嫌になる。
話がそれたが、ただ、学ぶことがないわけではないので(少なくとも海外のプロジェクトを担当させてもらえるのは貴重な経験だ。)、とりあえずやることはしっかりやってみる。
契約でも、一ヶ月までなら契約の解除が出来る。でも、今担当している住宅のプロジェクトは面白いので、やめるのはもったいないけど、、、どうするかなあ。といいつつ時間に追われる毎日が過ぎてゆく。こんな留学はもったいないかなあ。
でも、夜はドイツに留学してきていた子と他のみんなと朝の3時まで飲んだ。こうしてみんなといるときが一番楽しい。こっちに来て愚痴っぽくなってしまったが、一人じゃなくて本当に助かったことがいっぱいある。寮の前には桜が満開になった。夜中の1時から外に出て花見をした。
そして朝は寝坊した。。。こんな留学も、、たまにはいいか。