2010年8月29日日曜日

夏期セミナーin日奈久

27,28日は毎年恒例のワークショップ。今年は八代のすぐ近くの小さな温泉街を敷地に九州の都市計画研究室が集い、この街をよくする提案をする。

うちの研究室は山と海が接する、この街の地形を最大限に生かしたダイナミックな景観の変化を最大の魅力ととらえ、山の中腹の温泉神社から、街中の路地を通り、漁港の対岸へと至る長さ500mほどの3つの軸を定義し、この街の開発の軸を生み出そうというものであった。この町には歴史的建造物群が”点在”するものの、街全体で雰囲気を作り出せていない、空き家が目立ち、ハード面ソフト面様々な取り組みがすでにあるものの、それらがバラバラ、単発で効果が出ていない。この街に優先順位をつけることが必要なのだ。そこで、参道をこの街のメインストリートとし、ここだけは空き店舗を作らせないように、街なかに点在する店舗を集中させる。さらに、それによってできた空き店舗や空き家を利用して、逆に、裏通りをつくる。旅館街には足湯を、住宅地には温室や緑地によって緑の帯をつくる。という案。

このワークショップでは、たった一晩で多くのことを学んだ。
議論の仕方。
今議論しているスケールを意識する。そして、大きなスケールから小さなスケールまで話し合う。どうすればこの街がうまくいくのか、ブランディング。その中では新たな建築をつくらないということもあり得る。実際今回も、すでにやりすぎなくらい色々なことをやられていて、新たなハードよりもそれらの整理が必要であるという答えに達した。自分は批判的にものをみれていない。
作業の仕方。
常にゴールの形を考えてつくっていく。今回のプレゼンボードは失敗した。作業には何もしない人、全体を見て、コーディネートしていくひとが必要。
プレゼン。
どこが重要なポイントか。どこが他のグループと違うのかを意識してプレゼンする。ディテールまで詰めていても、細部の話に走らないようにする。ディテールは質問されたら答えるくらいでも良い。

みんなのおかげで、見事最優秀賞をえることができた。しかし、同時に自分の力不足を感じたWSでもあった。みんな本当に問題点を見る目が良い。そして、街のポテンシャルを見極める点も自分には足りない。自分の案に固執して、現実が見えていないのだ。
特に、空間をデザインしきれなかったことは悔しかった。来年は文句もないくらいの案を作りたいと誓った2日間だった。

2010年8月16日月曜日

お盆と都市

久しぶりの日本。お盆は報告も兼ねて祖母の家へ。
一年ぶりに祖母や叔父、いとこたちに会い、無事に帰国したことを報告した。

そこで、営林署につとめていた叔父と話し、いくつか興味深かったこと。
「今の日本では家は建てた瞬間に資産価値がなくなる。」
地価の高い都会ならまだしも、田舎では、地価は下がる一方で、跡に継ぐ者も居ない農家住宅では、売りに出しても買い手がつかず、家が荒れるのを待つのみだというのだ。祖母の家は元は地主で、家は大きく、いい木を使っていて、作りも良い。しかし、こういう場合、相続税が高く、たとえ跡を継ぐ者が居ても、手放さなければならないケースも少なくない。
木造の住宅だとしても、修繕、増築しながらずっと住み続けることができるのに、法制度がそれを難しくさせている。

同じようなことは、前回の鵠沼でも起きている。鵠沼の邸宅が切り売りされた最大の理由は高い相続税であった。

相続税が高い理由は、日本の平等の考え方による。貧富の差をできるだけ小さくするために、親の資産を子へと相続しにくくする。実際、こういう法制度によって、国民総中流という特殊な社会を創出してきたのは確かだろう。
しかし、その経済原則のみによってできた法律が都市にどういう影響を及ぼしてきたのか。
東京に異常な数ある旗竿敷地もその産物で、そうして、世界に類を見ない低層高密都市が生まれたのだ。

政治や経済によって生まれた原則とそれによって生み出された都市。
ほかにもそういう例はないだろうか。そこに日本の都市を読み解く鍵があるかも知れない。

2010年8月15日日曜日

報告会

熊本に帰ってきてから3日、8月4日の報告会のために東京へ行くことに。
この3日はずっと家で寝ていて、何もしていないが、
日本の暑さを実感した。気温も高いが、やはり湿度が高くて、汗が噴き出る。
ヨーロッパの夏は日本より日差しが強く、日向ではじりじりと肌が焼けるようだが、日陰では風が涼しい。
日本は曇っていても暑苦しい。さらに蝉の鳴き声がその暑さを助長する。

東京へは2日に出て、青春18切符を使い、23時間かけて東京へ。
4日に報告会をして、5,6日は神奈川へ。千葉大の子の家にパリ組みんなで泊まる。7,8,9,10は東京見物して、11に京都へ。そして12に熊本へ帰るという全部で10日間の旅行となった。
4日報告会 ラ・ヴィレットでの課題2つとインターンで関わったプロジェクト2を発表した。しかし、他の国のメンバーと見比べてみても、明らかにディテールがない。ディテールがないので現実味がない。建築家になりたいのなら、これは致命的だと思う。

ヨーロッパで見てきた建築。有名建築家によるもの、民家。どれも良いもの、残っているものはディテールへのこだわりがすさまじい。ウィーンのミューラー邸やパリのガラスの家、グラスゴー、ヒルハウスなど。
パリのアパルトマンなどは平気で100年以上経っているが、その時間のなかで何度も改修され、様々な素材が組み合わされ(それぞれ微妙に異なる石のファサード、木の梁)、ディテールの積み重ね(ぴったり面のあう雨戸)によってできている。

しかし、この報告会は後輩に留学がどんなものであったかを伝えるという面が大きく、もっとどんな生活をしたかを報告する必要があったようで、九大で報告する機会があれば、そういうところも報告しなければ。

報告会の後は懇親会。大野先生、菊地先生らと話す。菊地先生との話は都市計画とは誰のためにあるのか。住む人のための都市とはどうあるべきか。日本の農村とヨーロッパの農村の違い。保存することではなく、しっかり現象を読み解くこと。ノスタルジーでは日本は救えない。

5,6日は千葉大の女の子の家へ、そして湘南の海へ。鵠沼のまちに住む彼女はこの町の別荘とその庭園について研究している。この町は元は大邸宅によって占められ、塀とその内部の緑が町並みをつくっていたが、日本の高い相続税のために多くの邸宅は切り売りされ、ミニ開発が集積し、細い迷路のような、ヒエラルキーのない道路と庭園の跡が所々に残る。車では非常に通りにくい細い路地を抜けると、湘南の海へとたどり着く。 波の高い海を泳いで、夕方には江ノ島へ。夜は庭でBBQをして、花火。青春の一ページでした。