先日言ってたシュールな都市の発表があった。
とはいっても、俺は授業をサボったので、みんながどういうことをしたのか、よく分からないが。
ポンピドゥーの展覧会に書いてあったことは、
シュールレアリスムとは新たな見方である。日常とちょっとだけ見方を変えてみるといつも見えなかったもの、物事の新しい意味が見えてくる。
そんな一瞬を切り取った写真たちが並べられてあった。
現実を越えたところにあるもの。Sur Realism。超現実。
「SUR(シュール)」とは「超える、上の」という意味。日本語で「超」というのは、超えるという意味だが、「とっても」を意味することもある。「超すごい。」なんて言うときだ。つまり、現実の中の現実、現実をつきつめて行ったその先に現実を越えるものにぶつかってしまった。それがシュールレアリスムである。
展示会で印象に残ったのは、アイロンを連れてパリの街を散歩する映像作品だった。
本来、しわを伸ばす機能のみをもつ「アイロン」というものを街の上で引っ張る。馬鹿まじめに、ちょっと気取ってアイロンを散歩させる姿は、非常にユーモラスで、こっけいに写る。しかし、このアイロンが示しているところは、パリという街に潜む、ゆがみや表と裏、偏見と貧困。そういった社会のしわを伸ばしていきたいという宣言をしているように私には見えた。
シュールレアリスムの作品にはこのような滑稽さ、グロテスク、エロスといった言葉がついてくる。これらは作品の傾向であり、手法のひとつでしかないが、共通するのは写真や映像という新しい技術を使って、これまで見えなかったものをあぶりだすということである。
では、シュールな都市をどう表現できるのだろうか。
石田氏が例えたのは、地下鉄の駅のホームに張ってあるなんでもない写真。(とはいっても、全仏オープンの宣伝の有名選手の写真だが・・)これもどんどん視点を近づけていくと、実は赤、青、黄色のドットで出来ていることがわかる。テレビと同じ原理だが、全体で見ると何の変哲も無いが、部分だけを取り出すとまったく違うものが見えてくる。絵を突き詰めていくと絵ではないものが現れる。その瞬間を切り取ることは出来ないだろうか。
また、これとは逆の考えにフラクタルがある。部分だけを取り出しても全体を見ても違いが無いこと。それが自然の原理である。自然は常に連続し、人はそこに不連続を探して、あるいは人工的に不連続を作り出すことで、世界を知覚するのである。自然と人工の対比。しかし人工のポスターもまた自然の一部である。そのドットのひとつを拡大すれば、そこには連続面があるのだ。
とまあこれは福岡伸一の受け売りだが。
現実にズームしていくと現実とは違うものが見えてくる。そこがシュールというのはどうだろうか。
2009年10月29日木曜日
飲み会3連チャン
先週末は飲み会が3つあった。
木曜日はラ・ヴィレットの留学生全員で、夜の学校とその後は雨の中の運河沿いでパーティ。
土曜日はギョームというフランス人の家で、仮装パーティ。
日曜日はズズというブルガリア人の夫妻を招いて日本料理でおもてなし。
中でも圧巻だったのが、ギョーム家の仮装ホームパーティ。
部屋中に飾り付けをして、風呂を飲み物のクーラーに、リビングをダンスホールに、トイレを植木鉢に改造し(!!)、一晩中飲んで踊りまくる。ビットショーモン公園のすぐ脇に立つ彼の家からは、エッフェル塔が見え、その日はシャンパンタワーだけでなく特別きれいなライトアップをしていた。 こっちの人はホームパーティが好きだと聞いてたけど、これほど作りこむには相当なお金と労力がかかったはず、さらにこの後の片付けも大変なはず。恐れ入ります。
主催者ギョームはツールドフランスの選手よろしくぴちぴちの半そで半ズボン、あとはヒッピーとレゲエと、ナースと黒タイツに野菜をくっつけて踊る人。さまざま。悲喜交々。総勢30人ぐらい着ていただろうか。
とりあえず俺はフランス語が話せないので、踊ることに・・ 言葉がなくても踊ったり、音楽にノったりすることは万国共通。始めはもじもじしていただけだったが、徐々に酒も回って、久々に体を動かすのが楽しくなってきた。クラブの面白さが少し分かった気がした。
とはいえ、踊っているときは良くても曲と曲の間には、話したくなる。やっぱり言葉は必要らしい・・。
ちなみに俺たちの仮装は日本国旗をTシャツに縫い付け(夕飯の後に中華料理屋の中で製作)、女の子はトリコロールのカーディガン。結構高い完成度に自分でも満足。長い一日だったが、楽しかった。今度はクラブに行って見たい。そのためにはフラ語を練習しとかないと!!
木曜日はラ・ヴィレットの留学生全員で、夜の学校とその後は雨の中の運河沿いでパーティ。
土曜日はギョームというフランス人の家で、仮装パーティ。
日曜日はズズというブルガリア人の夫妻を招いて日本料理でおもてなし。
中でも圧巻だったのが、ギョーム家の仮装ホームパーティ。
部屋中に飾り付けをして、風呂を飲み物のクーラーに、リビングをダンスホールに、トイレを植木鉢に改造し(!!)、一晩中飲んで踊りまくる。ビットショーモン公園のすぐ脇に立つ彼の家からは、エッフェル塔が見え、その日はシャンパンタワーだけでなく特別きれいなライトアップをしていた。 こっちの人はホームパーティが好きだと聞いてたけど、これほど作りこむには相当なお金と労力がかかったはず、さらにこの後の片付けも大変なはず。恐れ入ります。
主催者ギョームはツールドフランスの選手よろしくぴちぴちの半そで半ズボン、あとはヒッピーとレゲエと、ナースと黒タイツに野菜をくっつけて踊る人。さまざま。悲喜交々。総勢30人ぐらい着ていただろうか。
とりあえず俺はフランス語が話せないので、踊ることに・・ 言葉がなくても踊ったり、音楽にノったりすることは万国共通。始めはもじもじしていただけだったが、徐々に酒も回って、久々に体を動かすのが楽しくなってきた。クラブの面白さが少し分かった気がした。
とはいえ、踊っているときは良くても曲と曲の間には、話したくなる。やっぱり言葉は必要らしい・・。
ちなみに俺たちの仮装は日本国旗をTシャツに縫い付け(夕飯の後に中華料理屋の中で製作)、女の子はトリコロールのカーディガン。結構高い完成度に自分でも満足。長い一日だったが、楽しかった。今度はクラブに行って見たい。そのためにはフラ語を練習しとかないと!!
康くんが何じゃかんじゃ言ってるけど
先週末は飲み会が3つありました。
木曜日はラ・ヴィレットの留学生全員で、夜の学校とその後は雨の中の運河沿いでパーティ。

以上中川でした。。。。康君。良かったね。
木曜日はラ・ヴィレットの留学生全員で、夜の学校とその後は雨の中の運河沿いでパーティ。
土曜日はギョームというフランス人の家で、仮装パーティ。
日曜日はズズというブルガリア人の夫妻を招いて日本料理でおもてなし。
中でも圧巻だったのが、ギョーム家の仮装ホームパーティ。
部屋中に飾り付けをして、風呂を飲み物のクーラーに、リビングをダンスホールに、トイレを植木鉢に改造し(!!?)(写真取り忘れた!)、一晩中飲んで踊りまくる。窓からは、エッフェル塔が見えて、一時間ごとにライトアップが変化してました。超きれい!! こっちの人はホームパーティが好きだと聞いてたけど、これほど作りこむには相当なお金と労力がかかったはず、さらにこの後の片付けも大変なはず。恐れ入ります。
主催者ギョームはツールドフランスの選手よろしく、ぴちぴちの半そで半ズボン、あとはヒッピーとレゲエと、ナースと黒タイツに野菜をくっつけて踊る人。さまざま。悲喜交々。総勢30人ぐらい着ていたかな。
とりあえず俺はフランス語が話せないので、踊ることに・・ 言葉がなくても踊ったり、音楽にノったりすることは万国共通でしょ。始めはもじもじしていただけだったけど、徐々に酒も回って、久々に体を動かすのが楽しくなってきた!!クラブの面白さも分かった気がした!!とはいえ、踊っているときは良くても曲と曲の間とかには、間が持たない。やっぱり言葉は必要らしいです・・。
ちなみに俺たちの仮装は日本国旗をTシャツに縫い付け(夕飯の後に中華料理屋の中で製作)、女の子はトリコロールのカーディガン。結構高い完成度に自分でも満足。
高さ調節が絶妙でしょ??おバカなジャポネ二人組みでした(パートナーは東大の石田氏)。長い一日だったけど、楽しかった。今度はクラブに行ってみたいなあ・・
やべっ!そのためにはフラ語を練習しとかないと!!
P.S.土曜日は朝からジヴェルニーのモネの庭にも行ってきました。
今週末は「フランスで最も美しい村」めぐりに行ってきます。
2009年10月27日火曜日
モネの見た世界
先週末はジヴェルニーというパリの西、セーヌの下流の街に行ってきた。
ここにはモネが晩年暮らし、自らこしらえたスイレンの庭がある。
これが10月までしか開いていないということだったので、
急遽前日の夜に行くことに決定。
当日は朝7時に集合して、一路西へ。
パリの郊外に出たのはポワッシーのサヴォア邸に続いて二回目。
ブルディエ先生は郊外に出ると10分で田園地帯になるといっていたのに、
列車は走れども走れども、郊外の一戸建て住宅地か工場などが続く。
路線沿いに街が伸びているということだろうか。
ただ、パリの郊外住宅地は、ひたすら同じような住宅がきれいに並び、
(日本のような住宅展示場のようなバラエティ豊かな住宅地ではない。)
電線が走り、住宅同士が非常に接近して立っている。(あまり日本と変わらない)
日本では同じくらいの年代が同じ地区に住み、住民の画一化も問題として発生するが、パリではどうだろうか。
そんなことを考えていると、駅に着く。そこからバスに乗り換え、20分くらい。
やっとたどり着くとそこにはモネの睡蓮そのものの光景が。
緑に塗られたちいさな橋の上から池を振り返ると セーヌから引き込んだ、透き通るような池には睡蓮が葉を広げ、 岸に立つ木々は赤く色づき、雨で波立つ湖面をかすかに染めている。 あいにくの雨も、水面を打つ音が静かな庭に響き、要らない音を消し去ってくれる。
この庭なら、いつもいつも同じ絵をかいてもいけるような気がした。 むしろ、同じ絵なのではなく、モネは毎日少しずつ違う庭の変化を繊細に感じ取っていたのだと思う。 さらに、モネの住んだ家には大量の浮世絵があり、モネの日本好きを教えてくれる。(緑の端は日本橋"Pont de Japonais"という名前!!)
当時のヨーロッパ(特に印象派)に大きな影響を与えたとされるこの浮世絵とモネの絵。 そこにあるつながりは??
近々オルセーとオランジュリーに行くことにしよう。
ジヴェルニーの後は近くにある古都ルーアンへ
ここはジャンヌダルクが火あぶりにされた街らしく、ジャンヌダルク塔、ジャンヌダルク教会、ジャンヌダルクの肖像、ジャンヌダルクだらけの町。
この街もセーヌ沿いに位置しており、街の真ん中を流れるセーヌの中洲に生まれた街である。 パリと違うのは町全体が坂の中にあり、セーヌを一番下にすり鉢上の地形をしていることだ。 直線の坂道の両端にロワール駅とセーヌ川があり、それに直行するように大聖堂とジャンヌダルク教会を結ぶ中心軸が通っている。
ジャンヌダルク教会は、伏した黒い竜のような建物で、内形は東京カテドラルに似ている。
しかし、こちらの曲線は集成材の木構造によってつくられており、 木のにおいがする堂内にはトップライトからおだやかな光が落ちてくる。 ただ、そのトップライト周辺は鉄骨で出来ており、急に木の美しさが鉄骨で失われている気がした。 少し残念。
ロワール大聖堂への道はハーフティンバーの町並みと、細い路地。 物語のような街に迷い込み、金の時計台をくぐると、少し開けた広場に巨大な教会が突然現れる。
ちょうど、広場では楽団のマーチングが、聖堂内部では聖歌隊の合唱があっていた。
教会の中では、高さ30mはあろうかという身廊の中で、音は装飾の施された柱の間を抜けて、堂内に無限に響き渡り、天井に広がる闇に跳ね返って、また自分のところへ帰ってくる。サクレクールでも感じたが、キリスト教の教会の光と音の演出には誰もが息を呑む。
パリのノートルダムに匹敵するくらいの巨大な教会を後にロワール美術館へ。モネの描いたロワール教会を見るためだ。
しかし残された時間は15分、壁に並ぶジャンヌダルクの肖像の前も、印象派の明るい幸福な絵の前も走るように通り過ぎ、やっと一番奥の部屋に、探していたその絵を見つけたときには、息が切れ、もう感動どころではなかった。その途中で一枚だけ見つけたシスレーの洪水の街の連作も良かった。また次の機会にじっくり見たい。
これだけてんこ盛りの一日は、最後に仮装パーティーという最大の山場を控えているのだが、
とりあえずは帰りの電車の中で、しばし休憩。
ここにはモネが晩年暮らし、自らこしらえたスイレンの庭がある。
これが10月までしか開いていないということだったので、
急遽前日の夜に行くことに決定。
当日は朝7時に集合して、一路西へ。
パリの郊外に出たのはポワッシーのサヴォア邸に続いて二回目。
ブルディエ先生は郊外に出ると10分で田園地帯になるといっていたのに、
列車は走れども走れども、郊外の一戸建て住宅地か工場などが続く。
路線沿いに街が伸びているということだろうか。
ただ、パリの郊外住宅地は、ひたすら同じような住宅がきれいに並び、
(日本のような住宅展示場のようなバラエティ豊かな住宅地ではない。)
電線が走り、住宅同士が非常に接近して立っている。(あまり日本と変わらない)
日本では同じくらいの年代が同じ地区に住み、住民の画一化も問題として発生するが、パリではどうだろうか。
そんなことを考えていると、駅に着く。そこからバスに乗り換え、20分くらい。
やっとたどり着くとそこにはモネの睡蓮そのものの光景が。
緑に塗られたちいさな橋の上から池を振り返ると セーヌから引き込んだ、透き通るような池には睡蓮が葉を広げ、 岸に立つ木々は赤く色づき、雨で波立つ湖面をかすかに染めている。 あいにくの雨も、水面を打つ音が静かな庭に響き、要らない音を消し去ってくれる。
この庭なら、いつもいつも同じ絵をかいてもいけるような気がした。 むしろ、同じ絵なのではなく、モネは毎日少しずつ違う庭の変化を繊細に感じ取っていたのだと思う。 さらに、モネの住んだ家には大量の浮世絵があり、モネの日本好きを教えてくれる。(緑の端は日本橋"Pont de Japonais"という名前!!)
当時のヨーロッパ(特に印象派)に大きな影響を与えたとされるこの浮世絵とモネの絵。 そこにあるつながりは??
近々オルセーとオランジュリーに行くことにしよう。
ジヴェルニーの後は近くにある古都ルーアンへ
ここはジャンヌダルクが火あぶりにされた街らしく、ジャンヌダルク塔、ジャンヌダルク教会、ジャンヌダルクの肖像、ジャンヌダルクだらけの町。
この街もセーヌ沿いに位置しており、街の真ん中を流れるセーヌの中洲に生まれた街である。 パリと違うのは町全体が坂の中にあり、セーヌを一番下にすり鉢上の地形をしていることだ。 直線の坂道の両端にロワール駅とセーヌ川があり、それに直行するように大聖堂とジャンヌダルク教会を結ぶ中心軸が通っている。
ジャンヌダルク教会は、伏した黒い竜のような建物で、内形は東京カテドラルに似ている。
しかし、こちらの曲線は集成材の木構造によってつくられており、 木のにおいがする堂内にはトップライトからおだやかな光が落ちてくる。 ただ、そのトップライト周辺は鉄骨で出来ており、急に木の美しさが鉄骨で失われている気がした。 少し残念。
ロワール大聖堂への道はハーフティンバーの町並みと、細い路地。 物語のような街に迷い込み、金の時計台をくぐると、少し開けた広場に巨大な教会が突然現れる。
ちょうど、広場では楽団のマーチングが、聖堂内部では聖歌隊の合唱があっていた。
教会の中では、高さ30mはあろうかという身廊の中で、音は装飾の施された柱の間を抜けて、堂内に無限に響き渡り、天井に広がる闇に跳ね返って、また自分のところへ帰ってくる。サクレクールでも感じたが、キリスト教の教会の光と音の演出には誰もが息を呑む。
パリのノートルダムに匹敵するくらいの巨大な教会を後にロワール美術館へ。モネの描いたロワール教会を見るためだ。
しかし残された時間は15分、壁に並ぶジャンヌダルクの肖像の前も、印象派の明るい幸福な絵の前も走るように通り過ぎ、やっと一番奥の部屋に、探していたその絵を見つけたときには、息が切れ、もう感動どころではなかった。その途中で一枚だけ見つけたシスレーの洪水の街の連作も良かった。また次の機会にじっくり見たい。
これだけてんこ盛りの一日は、最後に仮装パーティーという最大の山場を控えているのだが、
とりあえずは帰りの電車の中で、しばし休憩。
2009年10月22日木曜日
2009年10月17日土曜日
鷲は鷹より強い?
昨日は
フランス語学学校の初級コースで知り合った
知永さんのうちでホームパーティーだった。
語学学校の後、
そのままスーパーでワインとビールを買い、
友永さんのうちに行った。
七面鳥の丸焼きに野菜スープ、チーズにワイン。
とってもおいしかった。
知永さんは建築が専門ではなくて、
プログラミングでアートを作る池田良二という
アーティストのアシスタントをしている方で、
石上純也の神奈川の工房の
柱の配置のプログラムを学部3年のときに作って!!!!
「Small Images」にも載ってる人で!!、
何かの縁でたまたま同じコースになったんです。。。すごい。
彼の考え方は明快で、
頭で考えて作品をつくるということだった。
というより、言葉で自分のやっていることを説明するということ。
ヨーロッパではそれは当たり前で、
言葉で説明できれば優がもらえても、
言葉で説明できなければ同じ作品でも、不可なのだそうだ。
飲みながらそれぞれの卒計の話もした。
俺の卒計も話した。でも話がまとまってない。農地と市街地の境界に壁を立てること。その意味は何だったのだろう。自分の興味本位だけで、楽しいからやっただけの自己満足に過ぎないのだろうか。それでは社会では評価されない。それでも評価されるのは社会でほんの一握りの天才しかいない。石上純也だって中山英之だって、自分の言葉で作品を表現できる。デザインを生み出し、決定するときには直感が必要かもしれない。でも、その先のプレゼンにおいては自分を客観的に見れなければ、人を説得することは出来ない。コールハースも自分の直感を人に理知的に伝える表現能力に優れている。そこにあるのは表現方法の違いだけだ。
俺が一番避けていたところを、俺の一番痛いところを突かれた気がした。この話は行きの飛行機の中でもした話だ。そのときも議論から逃げてしまった。
農地と市街地の境界に壁を立てること。農業と都市の関係を変えること。厚さを変えながら、そこに多様な関係を生み出すこと。壁に囲まれた世界。外の世界。世界を分けることの意味。
もう一度自分のやってきたことの意味を考えてみよう。ゆっくりでいい。自分の中で答えを出したい。そう思った。
わが学び舎です。
学校は寮からバスで20分くらいのところにある。
建築の学校だけど、芸術系の授業も多くあり、
日本の工学部の雰囲気とはちょっと違って芸工みたいな感じかな。
留学生が多く、優遇もされている。ただ、授業は基本的にフランス語で行われるので、
何を行っているのかは全くと言っていいほど、わからない。
だから近くの人に聞いたり、
先生の手振りや表情をよく見ていなければならない。
でも、ものをつくる授業(写真や彫刻)はつくりさえすればいいので、
何とかなるし、今まで受けたことの無い授業なので、新鮮で面白い。
設計演習(こっちではProjectというらしい)は、
たぶん東江さんと同じ授業だと思うけど
留学生大歓迎の授業なので、8割くらいは留学生で、
先生もフランス語の後に英語でも説明してくれる。
さらに今年はマドリッドに行ける特典つき。
(去年はロンドンですよね?)
敷地はセーヌの下流で、パリの郊外。
自分たちで好きなところにスポットを当てて、
調査し、設計するアーバンデザインのスタジオで、
特にテーマは無く、問題点も自分たちで見つけ出す演習みたいです。
班は7人で、多すぎるけど、フランス人は一人だけで、
あとはアメリカ、スペイン、メキシコ、ベルギーの多国籍軍。
みんな英語で話してくれるので、何とかなるかな。。。
でも、英語でもぜんぜんキツイ。
言葉の壁はなかなか高いです。
授業もProjectも、追々考えたことを書いていこうと思う。
じゃあ今日はこれぐらいで。
2009年10月12日月曜日
わが城です
ってことで、俺も簡単に近況の報告を。
パリに着いたのが9月の19日だから、もうそろそろ1ヶ月になる・・!?
もう1ヶ月か!
どうやらパリでは時間の流れ方が日本と違うらしいです。
部屋は、学校指定の寮に住んでます。
一応建物は
Architecture Studioという建築グループが設計をしたらしく、
パリ市内のバロックデザインの建物とは異なり、機械的なファサードをしていて、
コルビュジェみたいな中廊下と家具にはカラフルな色が使われてます。

パリに着いたのが9月の19日だから、もうそろそろ1ヶ月になる・・!?
もう1ヶ月か!
どうやらパリでは時間の流れ方が日本と違うらしいです。
部屋は、学校指定の寮に住んでます。
一応建物は
Architecture Studioという建築グループが設計をしたらしく、
パリ市内のバロックデザインの建物とは異なり、機械的なファサードをしていて、
コルビュジェみたいな中廊下と家具にはカラフルな色が使われてます。
他のAUSMIP生と一緒の寮なので、
週に二回くらいは飲んだり、一緒にご飯食べたりしています。
しかも、こっちはワインがすごく安いのです。1ユーロワイン!最高です。
部屋にキッチンもシャワーもあるので、
お昼ご飯にはサンドイッチを作って持って行き、
夕飯はポトフとスパゲッティを毎日食べてます。
いそうろうのそういちろうです。
もりわきさんのブログに居候させてもらうことになりました!
このブログには日記の代わりと、あとは考えたことを書いていこうと思う。
これまであまりにも自分の考えを言葉にして来なかったので、、、、
2009年10月3日土曜日
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