フランス語学学校の初級コースで知り合った
知永さんのうちでホームパーティーだった。
語学学校の後、
そのままスーパーでワインとビールを買い、
友永さんのうちに行った。
七面鳥の丸焼きに野菜スープ、チーズにワイン。
とってもおいしかった。
知永さんは建築が専門ではなくて、
プログラミングでアートを作る池田良二という
アーティストのアシスタントをしている方で、
石上純也の神奈川の工房の
柱の配置のプログラムを学部3年のときに作って!!!!
「Small Images」にも載ってる人で!!、
何かの縁でたまたま同じコースになったんです。。。すごい。
彼の考え方は明快で、
頭で考えて作品をつくるということだった。
というより、言葉で自分のやっていることを説明するということ。
ヨーロッパではそれは当たり前で、
言葉で説明できれば優がもらえても、
言葉で説明できなければ同じ作品でも、不可なのだそうだ。
飲みながらそれぞれの卒計の話もした。
俺の卒計も話した。でも話がまとまってない。農地と市街地の境界に壁を立てること。その意味は何だったのだろう。自分の興味本位だけで、楽しいからやっただけの自己満足に過ぎないのだろうか。それでは社会では評価されない。それでも評価されるのは社会でほんの一握りの天才しかいない。石上純也だって中山英之だって、自分の言葉で作品を表現できる。デザインを生み出し、決定するときには直感が必要かもしれない。でも、その先のプレゼンにおいては自分を客観的に見れなければ、人を説得することは出来ない。コールハースも自分の直感を人に理知的に伝える表現能力に優れている。そこにあるのは表現方法の違いだけだ。
俺が一番避けていたところを、俺の一番痛いところを突かれた気がした。この話は行きの飛行機の中でもした話だ。そのときも議論から逃げてしまった。
農地と市街地の境界に壁を立てること。農業と都市の関係を変えること。厚さを変えながら、そこに多様な関係を生み出すこと。壁に囲まれた世界。外の世界。世界を分けることの意味。
もう一度自分のやってきたことの意味を考えてみよう。ゆっくりでいい。自分の中で答えを出したい。そう思った。
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