2010年8月15日日曜日

報告会

熊本に帰ってきてから3日、8月4日の報告会のために東京へ行くことに。
この3日はずっと家で寝ていて、何もしていないが、
日本の暑さを実感した。気温も高いが、やはり湿度が高くて、汗が噴き出る。
ヨーロッパの夏は日本より日差しが強く、日向ではじりじりと肌が焼けるようだが、日陰では風が涼しい。
日本は曇っていても暑苦しい。さらに蝉の鳴き声がその暑さを助長する。

東京へは2日に出て、青春18切符を使い、23時間かけて東京へ。
4日に報告会をして、5,6日は神奈川へ。千葉大の子の家にパリ組みんなで泊まる。7,8,9,10は東京見物して、11に京都へ。そして12に熊本へ帰るという全部で10日間の旅行となった。
4日報告会 ラ・ヴィレットでの課題2つとインターンで関わったプロジェクト2を発表した。しかし、他の国のメンバーと見比べてみても、明らかにディテールがない。ディテールがないので現実味がない。建築家になりたいのなら、これは致命的だと思う。

ヨーロッパで見てきた建築。有名建築家によるもの、民家。どれも良いもの、残っているものはディテールへのこだわりがすさまじい。ウィーンのミューラー邸やパリのガラスの家、グラスゴー、ヒルハウスなど。
パリのアパルトマンなどは平気で100年以上経っているが、その時間のなかで何度も改修され、様々な素材が組み合わされ(それぞれ微妙に異なる石のファサード、木の梁)、ディテールの積み重ね(ぴったり面のあう雨戸)によってできている。

しかし、この報告会は後輩に留学がどんなものであったかを伝えるという面が大きく、もっとどんな生活をしたかを報告する必要があったようで、九大で報告する機会があれば、そういうところも報告しなければ。

報告会の後は懇親会。大野先生、菊地先生らと話す。菊地先生との話は都市計画とは誰のためにあるのか。住む人のための都市とはどうあるべきか。日本の農村とヨーロッパの農村の違い。保存することではなく、しっかり現象を読み解くこと。ノスタルジーでは日本は救えない。

5,6日は千葉大の女の子の家へ、そして湘南の海へ。鵠沼のまちに住む彼女はこの町の別荘とその庭園について研究している。この町は元は大邸宅によって占められ、塀とその内部の緑が町並みをつくっていたが、日本の高い相続税のために多くの邸宅は切り売りされ、ミニ開発が集積し、細い迷路のような、ヒエラルキーのない道路と庭園の跡が所々に残る。車では非常に通りにくい細い路地を抜けると、湘南の海へとたどり着く。 波の高い海を泳いで、夕方には江ノ島へ。夜は庭でBBQをして、花火。青春の一ページでした。

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