最近パリは完全に春だ。
事務所のあるサンルイ島にはいつもアイスクリーム屋に人が行列を作り、
橋の上では気のいいおじさんバンドがジャス風にアレンジしたアメリカの音楽を響かせる。
川岸は人であふれ、みんな日向ぼっこをする。
なかには服を脱いで日焼けにいそしむ人もいる。
ゆっくりと流れる時間。
この原因は全部、この空気のせいだ。この空気は普通の空気と組成が違うらしい。
パリにはポプラのような枝振りの名前の知らない木が街路樹としてたくさん植えられている。
この木は、この季節になると白いふわふわした綿毛のような胞子を、風に乗せて大量に放出する。
その胞子には小さな、本当に小さな毛が大量に生えていて、毛と毛の間に空気を溜め込むことが出来るようになっている。そうすると、この大量の胞子は空気中で、周辺の空気と結合し、均等に空気中に拡散して、空気に溶け込んで、そこにあるのかすらも分からなくなってしまう。ちょうど理科の実験でビーカーにフェノールフタレイン液を点滴しているみたいに、すっと消えて薄く広がるんだ。
そうするとどういうことが起こるかというと、空気の見かけの質量が少し大きくなる。つまり空気が重くなるということ。例えば空気が軽いと、ヘリウムガスのように空気の振動数が高くなって声が高くなるよね。つまり、空気が軽くなると抵抗が小さくなって、物体は早く動くことが出来る。逆に空気が重くなると、人の動きも少しだけ遅くなる。そして時間の流れ方も遅くなる。 時計の針が一秒を刻むのにも億劫になるんだ。
だから、パリは夕日が沈むのも遅くなってしまったし、ひとの動きも緩やかになってしまったんだ。
この幸せな時間は夏に向かってどんどん加速していくのだろうか。いや、減速していくのだろうか。
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