そして今日、日曜を利用してボーヴェに行ってきた。
どちらもパリ北部の町で、有名なゴシックの大聖堂がある。 どちらも電車で1時間ちょい。
朝の駅。差し込む朝の光と、ざわめきが好きだ。
結果は、大聖堂はアミアンのほうが好きだったけど、街はボーヴェのほうが良かった。
アミアンの大聖堂
こっちはボーヴェ。
でも、街はアミアンは廃れていて、というか、駅前の作り方がまずい。ペレの巨大な塔が立ち、ガラスの大屋根がかかっているが、そのだだっ広い広場はスケボー少年に占領されている。斜面になっている広場の先は駅につながっているが、暗く、緑もない。そもそも駅が汚くて、大いに改善してほしい。やはり町の顔となる部分は重要だ。
それに対し、ボーヴェは、晴れていたというのもあるだろうが、古い駅舎、駅前にいきなり公園が広がり、落ち着いた雰囲気、巨大な教会とは不釣合いな小さな街で、運河沿いには緑地が整備されている。 中心部には日曜で市場が立ち、街の規模は小さいながら賑わっている。
ただ、どちらも住宅にペレの影響が見られた。アミアンはペレのオリジナルだろうが、ボーヴェはどうだろうか、戦後に再建された街はどれもペレの影響を受けているのだろうか。そうだとしたら、コルビュジェよりも直接的に影響を及ぼしたのはペレのほうかもしれない。ただ、ペレのデザインは迷いがないというか、工夫もないというか、とても単調なコピーペーストで、それで埋め尽くされると少し不気味になる。アミアンのペレ塔がそうだった。
ルアーブルはまだボリューム操作が出来ていて面白い部分もあったが、同じものが並ぶと少々きつい。ただ、今日見たボーヴェでは、全く同じデザインでも、経過年数が違うのか、材料が違うのか、汚れ方が家々で少しずつ違っていて、単調さを回避している部分もあった。
今はみんな旅行に出かけていて、寮には二人しか残っていない。
でも、俺は仕事が遅くまであるから、実質一日中一人で動いている。
昨日の帰り、事務所を出て、近くに住んでいるおじさんに微笑みかけようとしたら、顔の筋肉が動かないことに気付いた。一日中、一言もしゃべらず(仕事上必要なことを二、三しゃべっただけ)、怒りも、楽しみもない。完全に心を閉ざしている状態だ。
思えばプロジェのときもそうだった。学校にいるけど、音楽を聴いて、「話しかけないで」オーラを出して、自分ひとりでいらいらする。パリに来て心の閉ざし方を覚えてしまったらしい。なにやってんだろ。
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