母がパリに来た。
久しぶりに会って、二人でいろいろと見て回った。
久しぶりに日本の空気を感じて、時間がパリから日本にふっと離れた気がした。
初日は母の到着が遅かったので、シャルルドゴールに迎えに行き、そのまま寮へ。
二日目は早速シテ島とヴェルサイユに。
シテ島周辺はいつ見てもゴミひとつ落ちていなくて、パリの表の顔だ。
そのままヴェルサイユへ行き、巨大な庭を見る。そこには正確な幾何学によってつくられた巨大な庭と、大運河。どこまでも続く森の一本一本まで、計算されて人の手がかかっている。
そこになぜかあったのが、建築家の銅像の陳列。完璧な幾何学を崩すように噴水の上をまたぎ、道を横切る。建築家は自らのエゴで、世界の秩序を壊していくことに対する批判なのか。つるし上げにされ、見世物にされた銅像の頭にはハトが止まり、糞をしていた。
さらにここには、マリーアントワネットの庭も。イギリス式庭園に田舎風の集落を作り、擬似田舎暮らしを行った庭だ。どの道も曲線で、曲がりくねり、家には草が生え、自然を装っている。しかし、全てはフェイク。巨大なスケールで模倣することの限界なのか。どうも不自然に思えてしまった。
日本の庭はといえば、箱庭として、壁や回廊によって小さく切り取られているので、その細部まで再現できる。さらに背景を借景し、自然の広がりを演出する。確かに、大徳寺などの小さな箱庭に惹かれても、天龍寺の巨大な庭にはイマイチ惹かれなかった。スケールの問題なのか。
もしくは枯山水のような抽象化によって、間接的に再現するという方法もある。
切り取ることによって、ないしは、抽象化することによってフェイクだということを伝えつつも、自然を模して、それを創造させるような仕掛けを作る。そこにはイギリス庭園のような傲慢さといやらしさは感じないのではないか。
三日目はルーブルとセーヌクルーズに。
ルーブルはモナリザなどの有名作品を見るので精一杯で、作品が多すぎて、酔いそうになる。あまりに多くの視覚情報を一度に取り込みすぎて、情報酔いか。
そのあとはセーヌクルーズに。あいにくの雨だったけど、昼間のセーヌ沿いは夜見たときとは違う姿をしている。夜のほうが点在する歴史的建造物が浮かび上がって、しかも曇っていても平気なので、夜のほうが良いように思う。
そして、凱旋門に行き、ご飯を食べてから、最後にエッフェル塔に。
凱旋門から見たシャンゼリゼや他の11の通りは直線で、強い軸を持っている。パリだけが持つ強力なヴィスタ。劇場のようなバロック都市。ヴェルサイユの庭と共通する美的感覚とその徹底振りには驚かされる。
ご飯はファミレスで食べたが、エスカルゴを食べた。カタツムリとは思えない食感と、肉のようなうまみがあって、以外だったがとてもおいしかった。ワインのつまみによさそう。
そして、夜のエッフェルに。
エッフェル塔の巨大さと夜という非現実な背景があいまって、一時間ごとの音と光の演出はとてもエキサイティングだった。あいにく、ちょうど塔に登りかけているときだったので今度は塔の外から見たい。でも第二展望室からの眺めは圧巻だった。パリの街に浮かぶ数多くのモニュメント。それを結ぶ用の縦横に走るブールバール。夜の闇の浮かび上がったパリの都市構造は星座のように瞬きながら、その姿を刻一刻と変えていくのだろう。パリは凍れる都市ではない。
そして四日目は、母のたっての願いのモンサンミシェッルへ。2週間前に予約した7時の電車に乗るために朝は5時半に出発。途中レンヌでバスに乗り換え、10時半ごろに修道院前に到着。島の周りにはどこまでも続く干潟と、短い草と羊たち。平らな海と干潟に突如として浮かぶ島。そこにそびえる教会の塔。あいにくどんよりした曇りで、でもそのおかげで要塞や監獄としての島の暗い雰囲気が際立つ。
過去の写真を見ると島まで行く道路には、機関車も走っていたようで、今はまだ車で島までいけるが、この道路のために土砂が堆積し、湾内の海流を乱しているとの判断から、この道は近く撤去されるそう。
城に続く階段を登ると、上から見る海は白く、ぼんやりとたたずみ、海と陸の境目も、海と空の境目もなく、ただ全てが漂白された世界が広がっていた。
しかし、小さな路地を抜けて、内外が反復する門を抜け、修道院の最上部に行くころには、徐々に雨風が強くなり、外はついに嵐になっていた。そして、色とりどりの石が詰まれた教会を抜け、その先の回廊の間にたどり着く。今私のいる空間には、外の嵐も、にぎやかな観光客のガイドの声もない。感じるのは、ただ屋根に降った雨の滴る音とその音を通して伝わってくるひんやりとした空気だけだ。静寂の中、俺は阿蘇の縁側を思い出した。北九州市美の中庭にも似ている。しかし、あそこにはこの空気の揺れはない。ぴんと張り詰めた、息をすることも許さない空間ではない。二列の列柱のスキマから入ってくるかすかな風とぼんやりした光とリズムを刻む雨音は、こげ茶色の木の尖頭ヴォールトの薄暗い闇で増幅され、冷たい石の床に跳ね返って、俺の肌をなでてくる。その先の食堂。巨大な10本の柱で埋め尽くされた地下聖堂、窓から入る光は狭い柱の間を通って地下の空気を浮かび上がらせる。奥へと続く階段、光と影とベージュ色の石の階段。静謐で、かすかな光の美しい空間だった。
モンパルナスまで帰り、家でご飯を食べた。そして次の日学校を少しだけ見て、母は日本に帰っていった。短い時間だったけど、元気な母に会えてよかった。久しぶり話して、一緒に暮らした学部の4年間を思い出した。あのころはいつも俺の考えを話して、仕事が忙しいのにいつもちゃんと母なりに考えを言ってくれて。結局自分の頭だけで考えることには限界がある。英語だとそれができないと決め付けているのは俺自身のほうかもしれない。彼らとそうやって話し合えるだろうか。
どちらにしても、むしろ俺の行きたいところに付き合ってくれた母に感謝している。
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