ブダペスト続き、
ブダペストはなんと言っても温泉だ。温泉とはいっても水着着用で温水プールのような感じ。
ある人が日本人は何もない丸裸の自然の姿を好み、西欧人は自然を常に征服しようとすると書いていた。しかし、ヨーロッパの人も意外と家には靴を脱いで入るし、ヌーディストビーチのようなものも存在している。テルメ・ヴァルスにもあった。(間違って(?)ヌーディストゾーンに入ってしまった。。。)
日本では江戸時代まで街の銭湯も混浴で、風紀が乱れきっていたらしく、明治になって男女が分けられた。しかし、ヌーディストたちに男女の区別はない。
しかも、夜のブダペストの温泉も、テルメヴァルスもなかなかムーディーで、そこかしこでいちゃいちゃしている。俺はそこに居づらくなって、湯に身をゆだねて、ぷかぷか流木にでもなった気でいるしかないのだ。
プラハ
プラハはシナゴーグめぐりが良かった。
ユダヤ人が集まってすむ地区には数多くのシナゴーグが存在している。シナゴーグにはキリスト教の教会と違い様式というものがないようだ。イスラムの影響を強く受け、幾何学文様で埋め尽くされたもの。キリスト教会のような身廊と側廊を持つもの。家のような小さな部屋に祈るための椅子がぐるっと置かれたもの、様々である。流転して世界の様々な文化に触れてきたユダヤ文化の多様性を示すものなのだろうか。
中でも、ユダヤ人墓地とその横のシナゴーグが良かった。
堂内には第二次大戦で虐殺されたユダヤ人の名前と生年月日、虐殺された場所がアルファベットで書かれ、延々と壁いっぱいを埋めくしている。文字という究極に抽象化されたものが、群として集まったときに人の心に訴えかけてくる力、美しいでも怖いでもなく、ただただ圧倒された。
その外のユダヤ人墓地も音のない圧力のようなものを感じた。周囲からは壁と住宅で隔離された街区の中に、雪の積もった林があり、そこに数百もの石造りの墓石が並んでいる。家型や長方形の墓は、きれいには並んでおらず、時間をかけて、ひとつひとつ積み重なっていったものだろう。
この墓地を見て感じたことは、墓地がある瞬間に都市に見えるということだ。家型と直方体。フランスの墓地でも巨大な墓が、どれも家や教会を模して作られていた。その理由のひとつとしては墓が死者の死後の住宅として考えられているということが考えられるだろう。
また、京都では死を忌み嫌って、墓地は平安京の外に作られた。しかし、近代化の中で、都市が拡大し、墓地は都市拡大を抑制するタガとして、また、都市内の侵されることのない貴重なオープンスペースとして残っていった。
フランスではどのように墓地が作られたのだろうか。パリには4大墓地があり、巨大な場所が都市内に確保されている。しかし、周囲は塀に囲まれており、街路から広がりを感じるということはあまりない。歴史的な都市の発展から読み解いていくことも面白いかもしれない。
ウィーン
また後日。
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