2010年3月23日火曜日

シャルトルの大きな息吹

日曜日は東大生と二人でシャルトルに行ってきた。
この日も少し曇っていたけど、暖かくて、午後には日が差して、パリはすっかり春になったみたいだ。
シャルトルは電車で一時間ぐらいのパリの南の小さな町。でもこの街には日本人の観光客がツアーで大量にやってくる。そのお目当ては、ゴシック最盛期の傑作シャルトルの大聖堂だ。
この教会はステンドグラスが中世から残っていて、青いステンドグラスから差し込む光は美しい。


でも、パリのノートルダムを見慣れている僕からすれば、あまり違わないなという印象。というかとても似ていた。むしろ、暗い堂内で、古いステンドグラスはあまり光を通していない。
それよりも教会の裏から下っていく坂道、その底にある運河、木々を通して差し込む木漏れ日。ベルギーのブルージュを思い出した。でも、ブルージュは寒すぎて、吹雪いていたっけ。でも、今は春。なんて気持ちいいんだろう。そのまま、反対側の丘に登って、丘の上の墓地からシャルトルの大聖堂を見ると、墓地の墓石とその途中にある四角錐や円錐に刈り込まれた植物と、向こうの丘の家並みとがつながって、その先に突然巨大な大聖堂が浮かび上がっていて、墓地と都市との相似性、そして、都市の中での教会の突出した巨大さ。全てがひとつの視線の中に納まっている圧巻の眺めだった。
墓地は墓地で、幾何学的な植物と整然と並んだ墓標。僕は幾何学に囲まれるとすごく不思議な気分になるんだ。自然の世界とは全く違うルールで作られたもうひとつの世界。暖かい光を浴びた木々、その隙間から時折見える、ゆっくりとした歩みで墓参りをする老人。キリコの絵のようでいて、あんな不気味さはない。だから、ガララテーゼとも違う。天気のせいなのか。世界の終わりとも違う、でも日常でもない世界。
帰りに近くの教会によった。小さな教会。でも、中は緑の壁画で塗られ、ぐるっと並んだ透明なハイサイドライトから光が差し込んで、明るい明るい堂内。木の梁がむき出しになったヴォールト天井にも無数の装飾がなされ、光に満たされて、人知れず輝いていた静かな教会。

そして、最後に大聖堂にも寄ってみたんだ。
すると、午後の日差しがファサードのステンドグラスとバラ窓から入ってくる。雲間から太陽がのぞくと、急に堂内が明るくなって、生き物の呼吸のように、強くなったり弱くなったりしながら、青い光はそれまでのくすんだ、深い青ではなくて、眩しいほどの抜けるような青になって、目の中に飛び込んで来るんだ。中世の人も青い光が最も人を魅了すると分かっていたのだろう。だからシャンゼリゼのライトアップも人をひきつけるんじゃないかな。もう一人の東大せーが言っていた凍りつくような青とは違うけど、それはまさに「生きた青」だったんだ。


ちなみに帰ってから2年生の女の子たちを案内して、旧国立図書館やパッサージュをめぐってきた。結構ミスエスコートだったけど、、、。
ラブルーストの鉄の使い方と、鉄とガラスによって可能となったパッサージュ、しかしその結果、悪くなった衛生環境を改善するためのパリ大改造。その象徴としてのエッフェル塔。人tに説明すると今までつながらなかったころとが、不意につながったリする。

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